はじめに
最近、「リスキリング」という言葉をよく聞くようになりました。
学び直しの大切さは、頭では分かっています。
それでも正直に言うと、この言葉を耳にするたび、胸の奥が少しザワつきます。
「また努力が足りないと言われている気がする」
「まだ頑張れということなのか」
私は50代の氷河期世代です。
仕事、家事、副業、資格の勉強。
毎日はすでに余白がほとんどありません。
そんな中で突きつけられる「学び直せ」という言葉。
その違和感を、私自身の体感をもとに整理してみたいと思います。
1.リスキリングに透けて見える「都合」
リスキリングとは、
仕事が変わる前提で、新しいスキルを身につけることです。
国が力を入れているのは、
IT・DX・介護など、人手不足や成長分野への労働移動。
言い換えると、
仕事を失いやすい層を、足りない分野へ移動させたい
という意図が透けて見えます。
この方向性そのものを、私は否定したいわけではありません。
ただ、そこに私たちの生活の重さは、どれだけ織り込まれているのでしょうか。
私たちは、盤の上で動かされるパーツではありません。
積み上げてきた歳月があり、守るべき今の生活があります。
「無料で学べる」の裏にある現実的な壁
リスキリング支援は、一見するととても手厚く見えます。
けれど実態は、「余力がある人」を前提にした設計です。
後払いという負担
教育訓練給付金は拡充されましたが、実際には「最初は自腹」。
スタートラインに立つだけで、持ち出しが必要になります。
生活は自己管理
学習期間中の家賃や食費を、丸ごと支えてくれる制度はほぼありません。
貯金がなければ、「学ぶ」以前に「耐える」ことすら難しい。
届かない場所
企業内教育の多くは、大手企業の正社員向けです。
非正規や中小企業に多い氷河期世代は、最初から蚊帳の外に置かれがちです。
数字が示す「動かしにくさ」という現実
私たちは「やる気がない」のではありません。
動きたくても動けない構造があります。
- 40〜50代の非正規雇用は約400万人規模
- 単身世帯の約3割が貯蓄ゼロ、または低水準
- スキル以前に立ちはだかる「年齢」による採用の壁
多くの人にとって、新しい学びは
「飛躍」のための投資ではありません。
「現状維持のための必死の抵抗」
それが、2026年現在の冷徹な現実です。
私が選ぶ答え
ここで、私が選んだのは
国が描く「右肩上がりの正解」を、一度無視することでした。
無理に新しい自分に生まれ変わろうとして心身を削るのをやめ、
今の自分をどう守り抜くかを大切にする。
それが、私の選んだ答えです。
理想への期待を捨てる
届かぬ支援や、不確かな逆転劇を待つのをやめました。
支出を減らし、環境を整える
収入以上に、
節約と生活コストの最適化で、
外部環境の変化に耐えられる家計を整える。
「移動」より「定着」
慣れない分野へ飛び込むリスクより、
今の経験を活かしながら、細く長く働き続ける道を探る。
私たちが欲しかったのは、
キラキラした成功ストーリーではありません。
「これ以上、不安が増えないこと」
ただ、それだけです。
おわりに|違和感を覚えるのは、頑張ってきた証拠
リスキリングという言葉にモヤッとするのは、
私たちが怠けているからではありません。
過酷な時代を今日まで生き抜いてきた結果として、
これ以上の無理を拒むのは、自然な防衛反応です。
世の中が決めた「正解」をよりも、
自分なりの「守り」を固めていく。
その冷静な積み重ねこそが、
私たち氷河期世代が、明日を穏やかに迎えるための
現実的な生存戦略なのだと、私は信じています。



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